どれだけ怒っても、叱っても、学校へ行かないか、
もし家を出たとしても、登校せず、どこかへ行ってしまうんだよね
ケンカになるから、話し合いもできないし、
明確な理由もないから、解決策も見当たらないしね
わー、そりゃストレスだわ
イライラするし、疲れるよね
そうなんだよ
で、怒り疲れた私は、一番やってはいけないことをしたんだよね・・・
無視は、子どもの心を折ります
衝突の毎日 逃走できるうちは、まだ元気かも?
オクサレさまは、学校へ行きたくないと言っても親が聞く耳を持っていないと悟ったのか、次の段階に入りました。
それは、「逃走」です。
朝から、行く行かないでケンカして、親から猛烈に怒られるわけです。で、オクサレさまは、仕方ないから、いったん家を出ますね。
そして、学校へ行くフリをして、そのままどこかへ逃走してしまう・・・ということが、何回かありました。
親は、「やっと学校へ行ったか・・・」と、ホッとしていると、ほどなく学校からお電話があるわけです。
先生:「オクサレさま、学校へ来ていませんが、お休みですか?」
親:「え?学校へは行きましたが?」
先生:「教室にはいないですよ?」「事故などにあってないならいいのですが・・・」
親:「申し訳ありません。本人に連絡をとってみます・・・・すみません」
慌てて、オクサレさまのスマホに電話しますが、応答なし。
LINEのメッセージも、「学校は行かない」と返信があったきり、どこにいるの?なんで行かない?の質問は無視。
ただ、とりあえず、生存は確認されたので、心配をかけている学校へ一番に状況を説明しました。
さて、オクサレさまよ。うまく逃げたつもりでいるようだな。
ふふふ、だが隠れても無駄だぜ。
私には居場所特定のための最終兵器があるのだよ。
実は、防犯や盗難に遭った時のため、子どものスマホ位置はGPSで追跡できるように設定してあったのです。
まさか、こんなところで役に立つとは!!
早速確認!!!!!
しかし、その機能がいつの間にか切られているではないですか!!!!!!!!
オーマイガッ
敵の方が一枚うわてだったようです。
どこへいったのやら・・・心配やら、イライラやら、落ち着かない時間を親は過ごしているというのに、オクサレさまは夕方に、 シレっと帰ってきました。
夕方に帰るのは、命の次に大事なオンラインゲームをパソコンでやりたいからです。パソコンが必要なゲームなので、家に帰るしか遊ぶ方法がないわけです。
「夕方なら、学校も終わって、みんな遊んでる時間だし、俺がゲームをやって、何が悪いんだ。」との理論です。
玄関からダッシュで自室まで飛んでいき、そのまま、深夜までずーっとゲームです。
ちなみに、朝持たせた弁当は、昼間プラプラしている間に完食してました。
おいおい。
そりゃね、そのまま一晩中帰ってこないとか、悪いグループに入って世間に迷惑をかけるよりはいいかもしれませんよ。
でもまあ、親のイライラはMAXですよ。
怒り疲れた結果、私も逃走してしまいました
ただ、ケンカしたり、逃走したりのうちは、ある意味、お互い元気が残っていたように思います。
怒る生活を続けるうち、親の方が疲れ果ててしまって、次の段階に入りました。
顔を合わせるのを避けるようになったのです。
夕食は、家族そろって食べていたのですが、この頃から、食事の準備をするだけして、私は食事に参加しなくなったのです。
オクサレさまは、私以外の家族と食事をし、それが終わった後で、私が食べるという状態になりました。
顔を見るとイライラするし、小言を言ってしまうので、避けたかったというのもあります。でも、正直、関わりたくない、見たくないとも思ってもいました。
自分が苦しさから逃れるために、不登校という事実から、そしてそれを引き起こすオクサレさまから目をそらしたかったんですね。自分が楽な方に逃げたわけです。
こうされた子どもは、どう思うでしょうか?
無視された、見限られた、見捨てられた、もう自分のことなんてどうでもいいのか・・・
表面上は反抗的であっても、心は傷ついていたんだと思います。
今思えば、子どもが苦しんでいるときに、なんてひどいことをしたのか、と思います。
無視することは、頭ごなしに怒ることより、もっとやってはいけないことだと反省しています。
子どもに、「親に見限られた、見捨てられた」と思わせたら、アウトです。たとえ自分が辛くても、そこはどうか耐え忍んで、持ちこたえてほしいと思います。
子どもの不登校を解決したい、子どもの不安に寄り添いたいと思っていたのに、私のように、目先の自分の苦しさから逃げてしまっては元も子もありませんもんね。
それだけ、私も追い込まれていたということなのですが、みなさんはどうか私と同じような失敗はなさらないようにと願っています。
子どもの心の傷が浅いほど、問題解決までの期間は短くなると思います。
なかなかに難しいことではありますが、見守っている、心配している、そばにいる、というオーラは出し続けてほしいと思います。
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